滋賀県庁舎

12月に滋賀県庁舎を訪れた。県庁舎のポップアップカードを作ったことはあるが、実際に訪問するのは初めてだ。

正面の写真を撮ろうとしたが逆光で暗くなってしまう。
今回は正面の写真は諦めた。

代わりに、滋賀県庁舎のポップアップカードを載せる。
20年も前に作ったカードを、昨年修正したものだ。

では、少し中も見せていただこう。
正面玄関の柱に登録有形文化財のプレートが据え付けられている。
滋賀県庁舎本館が登録有形文化財となったのは2014年(平成26)のことだ。

本館が建てられたのは1939年(昭和14)である。
設計は佐藤功一(1871-1941)と國枝博(1879-1943)が共同で担当した。(自分のメインサイトのページには佐藤の名前しか書いてなかったので、後で書き直そう。)
施工は大林組で、1937年9月に着工し1939年5月に竣工した。

写真は玄関ホール内に展示してある模型。

県庁舎の本館はこのように中庭を囲むロの字型の建物で、正面は左右に両翼を伸ばした姿をしている。正面の幅は106mあるそうだ。
建設中に日中戦争が深刻化し鉄材が不足した中でなんとか完成にこぎ着けたという。

カメラを抱えて庁舎内をうろついて怪しい人だと思われてはいけないので、階段の周辺だけ撮影した。
柱や壁は大理石貼りで仕上げられている。腰壁の装飾模様はテラコッタを嵌め込んである。

2階は県議会の議長室や事務局などが入っている。手前のドアは議員室という表札が掛けられていた。

4階の階段前の部屋は会議室。

階段の踊り場とステンドグラスを見下ろす。

同じ場所を階段の途中から。
(今回撮影したのは階段の周辺だけ。)

戦後、県庁は周囲の建物を買収して拡張し、解体しては建て直してきた。
現在は、本館の南側に新新館(1987年竣工)と新館(1974)、新館の北東角に接続して北新館(1974)、新館の東に東館(1983)、そして本館の東側には危機管理センター(2015)がある。その東側は滋賀県公館・公舎(1993)が建っている。

これは本館の西側面だ。

滋賀県は2025年に「滋賀県庁舎等のあり方検討懇話会」を設置した。
本館は築86年が経過し、建物や設備の経年劣化が進んでいる。その他の庁舎も今後10〜20年で建て替えや大規模改修が必要になるので、一体的な検討に着手するということだそうだ。
座長の発言。
「整備の方向としては県民に開かれた・働きやすい・防災機能の強化、この3つが大きな観点になると考える。」
「文化財登録されているものは原則として壊してはいけないことが前提となる。残す形がどのような形が良いかということが次回の議論の中心になろうかと考える。」

(2005年9月30日、第1回議事概要より)
ということなので、本館については保存活用の方策を検討するようだ。

この懇話会は2027年3月までの設置だそうだ。滋賀県のウェブサイトで資料や議事概要を公開している。

最後の写真は、本館が建てられる前にここにあった旧県庁舎だ。
1886年(明治19)7月に起工し、1888年6月に完成した。

写真は1910年刊の滋賀県写真帖に掲載されていたものだ。
(「滋賀県写真帖1冊」とあるが、1冊というのは第1巻という意味。)
煉瓦造二階建てで、集中式の暖房装置を備えていた。設計者は小原(おはら)益知(ますとも)(1854-1929)である。琵琶湖疏水のトンネルの出入口の設計も担当した人物だそうだ。

【参考】
 「滋賀県庁舎等のあり方検討」(滋賀県公式ウェブサイト/2025-11-13更新)