旧大内村役場

先月、栃木県真岡市にある大内資料館の外観を見るために立ち寄った。
この建物は1929年(昭和4)に大内村役場として建てられたものだ。
だいぶ前(2014年だよ)に建物をモデルにしてポップアップカードを作ったことがあるので、実物を見たいと思っていた。

大内村は1954年に真岡町・山前村・中村と合併して真岡市となった。合併後、この建物は真岡市公民館大内分館となったが、1988年(昭和63)に改修して大内資料館となった。

真岡市・芳賀郡域では最も古い本格的な鉄筋コンクリート造の建物だそうだ。

設計したのは更田時蔵(ふけたときぞう)(1893-1962)である。
鳥取県出身の彼は、早稲田工手学校の第1回生として入学し、佐藤功一の教えを受けた。卒業後は栃木県土木課や神戸電気局での勤務を経て、1919年(大正8)に宇都宮市の設計主任となった。彼は木造が主流だった市の施設を鉄筋コンクリート造に建て替えていったという。
1923年(大正12)には更田設計事務所を創業し、関東大震災後の復興業務に携わった後、栃木県を中心にさまざまな建築に携わった。

入口の三連アーチに2階の窓の上部のアーチ、そして左側に半円窓…と半円が繰り返されている。屋上の角にも半円窓がある。

屋上の手すりの窓。ここから見ても屋上がどうなっているのか分からないが、空中写真を見ると屋上は平らで、周囲に手すりがあるだけのように見える。階段室など出入り口となるような部分は見当たらない。屋上には上がれないのだろうか。

建物の西側面と背面。

反対側に回り、東側面と背面。

屋上に上がる方法が分かった。あのハシゴだ。
そうか、そうやって上がるのか。

3連アーチの上にある四角形の模様がアクセントになっている。その奥の中央が玄関の扉だ。

この建物は資料館という名称ではあるが、普段から一般開放している雰囲気ではない。おそらく通常は収蔵庫として使い、機会があるときだけ展覧会等を開催しているのではないかと思う。(きちんと確認したわけではない。)

昨年の夏にこの資料館で「発掘された真岡・考古学展」を開いたことがニュースになっていた。これは数年前から地区の歴史や文化を継承する活動をしていた地元の有志が、2025年に5月に「大内歴史文化研究会」を結成して開催したものだそうだ。
研究会の今後の発展を期待したい。

建物の方も個人的にはとても好きなタイプのものなのだが、玄関のドア周り・手すりや雨樋などに錆が浮いているのが見える。
手入れをして長く使い続けてほしいと思う。

【参考】
 「創始者について」(株式会社フケタ設計ウェブサイト)