旧川崎銀行水戸支店
水戸駅前から国道50号線を1.6kmほど西に進むと、右側にこの写真の建物がある。2019年2月半ばまで三菱UFJ銀行だった建物だ。

この建物が建てられたのは明治時代のことである。1909年(明治42)に川崎銀行水戸支店として建てられた。
川崎銀行は1880年(明治13)に銀行を設立、東京に本店、支店を水戸・千葉・佐原に置いた。創業者の川崎八右衛門が水戸出身ということもあり、茨城県内では圧倒的な強さを持っていた。
1888年(明治21)のデータだが、茨城県内の銀行を預金額順に並べると、1位川崎銀行水戸支店(24.5万円)、2位東海貯蓄銀行水戸支店(10.5万円)、3位が第五十国立銀行(土浦)(10.0万円)、4位が第六十二国立銀行(水戸)(8.5万円)だった。(金額は1000円以下は四捨五入した。)
2位の東海貯蓄銀行は川崎銀行水戸支店内に開設された銀行で、実体は川崎銀行の貯蓄部だった。
川崎銀行水戸支店は1909年に鉄筋コンクリート造の新店舗を建築して移転した。それがこの建物だ。
設計したのは新家孝正(にいのみたかさま)(1857-1922)で、工部大学校卒業後に工部省技手となり宮内庁や逓信省などで設計を行なった人物だ。その後日本土木会社に入社し、1893年に会社が解散した後は独立した。
現在残っているものでは、旧学習院初等科正堂(1899)が彼の設計で、東京国立博物館表慶館にも共同設計として関わったそうだ。
しかし竣工時と現在とでは建物の形が違う。
この建物は1945年(昭和20)に空襲で被害を受け、外壁と金庫を残して焼失してしまったのだ。それを戦後に改修して利用してきた。
画質はちょっと悪いが、大正時代の川崎銀行水戸支店(及び石岡支店と柵町出張所)の広告に店舗の写真が使われていたので掲載する。
このように玄関には車寄せがあり、小さな尖塔がついた屋根があったのだ。

建物全体は写っていないが、屋根の形が分かる写真が「水戸:市制80年写真集2版」に掲載されていたので、引用する。

中央と左右に尖塔があったのが分かる。
銀行名は合併や名称変更により次のように変わった。
1927年(昭和2)川崎第百銀行水戸支店
1936年(昭和11)第百銀行水戸支店
1943年(昭和18)三菱銀行水戸支店
(1945年(昭和20)空襲により罹災、1951年まで仮営業所で営業。)
1948年(昭和23)千代田銀行に商号変更(GHQの意向で三菱の商号を使わないことに)
1953年(昭和28)三菱銀行に商号変更
1996年(平成8)東京三菱銀行水戸支店
2006年(平成18)三菱東京UFJ銀行水戸支店
2018年(平成30)三菱UFJ銀行水戸支店
(2019年2月18日、新店舗へ移転)
水戸支店が移転した後、哲文化創造公益財団法人が購入し、美術館やホール、カフェをもつ施設「テツ・アートプラザ」として整備した。
カフェとホールは2025年11月に開店し、美術館は2026年2月開館予定だそうだ。
本館左の茶色の壁の棟が美術館だ。右端に見える茶色の壁はカフェ。

ここがホールの入口。この日は閉まっていた。

ホールはテーブルと椅子が置かれ、無料で学習などに利用でき、飲食物の持ち込みも可能だそうだ。(月曜日と毎月第二火曜日が休館)
有料になる場合もあるが、貸し切りでの利用も対応しているという。
カフェは営業中だった。

すぐ近くに気になる建物があった。

泉町会館という、泉町商工会議所が運営する建物だそうだ。
1955年(昭和30)に建てられた。
【参考】
「水戸:市制80年写真集2版」(水戸市/1970)
「三菱銀行史 続」(調査部銀行史編纂室編/三菱銀行/1980)
「近代建築ガイドブック関東編」(東京建築探偵団著/鹿島出版会/1982)
「水戸中心街に文化施設、11月に開業」(日本経済新聞 2025-10-31)
「水戸の旧川崎銀行支店、芸術と憩いの場に ホールやカフェが21日にプレオープン」(産経新聞 2025-11-19)
「テツ・アートプラザ」公式ウェブサイト





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