アフマダーバード旧市街

次のポップアップカード作成のための下調べである。
ユネスコのサイトを見ると、インドには44の世界遺産があるそうだ(2026年3月現在)。多過ぎてどこから手を付けたらいいのか迷ってしまうが、今回はその中から「アフマダーバードの歴史都市」を選んだ。(アーメダバード・アーメダバッドと表記する場合もある。)

アフマダーバードの名前は、1411年にここに都を建設したアフマド・シャー1世(
?-1443)にちなんでいる。彼はインド西部に存在したイスラム王朝のグジャラート・スルターン朝の王であった。
上のスケッチは、アフマド・シャーが建てたバダラ城だ。

アフマダバード旧市街の地図を見ていただこう。

アフマド・シャー1世は、1411年にサーバルマティ川の東側にバドラ城の建設を始めた。城は長方形の城壁(地図では内側の小さい城壁)で囲まれており、1413年に完成した。城内や東側にはモスクや住宅などが建てられて街が発展していった。

これは1415年に建てられたティーン門(ティーン・ダルワザ)。
バドラ城から東に延びている道路に現在もこの門はある。

門のさらに東側には、アフマダーバード最大のモスクであるジャマー・マスジッドが建っている。こちらは1424年に創建された。

上の地図で茶色に着色した部分は、15世紀前半頃の街の範囲である。
その後もさらに街は発展していったので、アフマド・シャーの孫のマフムード・シャー1世(?-1511)が、1487年に周囲に12の門と189の稜堡を備えた10kmの外壁を建設し、要塞都市の規模を拡大した。

ただし城壁は後世にほとんど解体され、現在は門だけが残されている。上の地図には、ストリートビューで見ることのできた門を書き入れてある。

時代は過ぎて1573年、アフマダーバードはムガル帝国に征服され、グジャラート州の州都となった。
その後18世紀になるとムガル帝国とマラータ王国が都市の支配をめぐって争い、1757年にはマラータ王国とガーイクワード家の同盟(マラータ同盟)が都市を支配下に収めた。
そして1818年にはイギリスの植民地支配下に入った。

何度か支配者が替わったため城壁内やその周囲には中世からの住宅やモスクのほか、ヒンズー教やジャイナ教、キリスト教、ユダヤ教、ゾロアスター教の宗教施設も存在している。多文化共生の例として、そして数世紀に渡る建築遺産を今に伝えているということで、アフマダーバード旧市街は2017年に世界遺産に登録された。

さて、ポップアップカードだが、上の地図に載っている建物から何点か選んで作ろうと思っている。完成したらメインサイトを更新するのでしばらくお待ちください。

【参考】
 「Historic City of Ahmadabad」(UNESCO 公式ウェブサイト)