タリン旧市街
今回の記事は、これから作ろうと思っているポップアップカードの下調べである。
エストニア共和国の首都タリンには、11世紀頃にはエストニア人の砦が築かれていたそうだ。

この地方にキリスト教を布教しようとローマ教皇は1199年に十字軍の派遣を認可した。1202年にリヴォニア(現在のエストニア南部からラトビアにかけての地域)でリヴォニア帯剣騎士団が結成され、武力による布教を進めていった。
リヴォニアのキリスト教化は進んだが、エストニアでは抵抗が続いていたので帯剣騎士団は1218年にデンマーク国王ヴァルデマー2世に支援を求め、1219年から20年にエストニアを制圧した。デンマークはタリンにある丘トームペアに13世紀前半に城を築いた。
1266年から82年までは、デンマーク王妃マルグレーテ・サンビリア(ヴェルデマー2世の息子・クリストファ1世の妻)がタリンの領主となった。彼女が城壁の建設を命じ、ドイツ騎士団(1237年にリヴォニア騎士団を吸収した組織)が建設した。タリンにはドイツ人が入植し、13世紀から16世紀前半にかけてハンザ同盟の主要な中心の一つとして発展した。(なお当時の都市名はレファル [Reval] だった。)
現在も残る城壁や教会、公共建築・商館などに当時の豊さを見ることができる。
中世の街が非常によく保存されているということで、タリンは1997年に世界遺産に登録された。
タリンの旧市街の地図を作成してみた。
旧市街は約2.5kmの城壁に囲まれていて、貴族らが居住した高台のトームペア(Toompea)と、商人や職人が居住した下町(All-linn)に分かれている。

代表的な建物をいくつかピックアップした。
(1)トームペア城は13世紀前半に建てられた城。
支配者が替わる度に改修を加えられてきた。
(2) 大聖堂はデンマーク人が1219年にトームペアを占領してすぐに建設したもの。1684年に火災に遭ったが、その後再建された。
(3) アレクサンドル・ネフスキー聖堂は、帝政ロシアの時代・1901年に建てられたもの。中世の街というテーマからは外れている。エストニアが最初に独立したときに移転しようという計画があったそうだが実現しなかった。市民にとってはあまりうれしくはない建物のようだ。
(4) 聖ニコラス教会は13世紀にドイツ商人の居住区の中心に建てられた。1944年のソ連の空襲で破壊されたので、オリジナルの内装は残っていない。
(5) 旧市庁舎。1248年にタリンは自治都市の権利を得て、市議会を設立した。現在の建物は14世紀半ばに建てられたものを15世紀に増築したもの。
(6) 聖霊教会。市庁舎及び聖霊教団救貧院の礼拝堂として14世紀に建てられた。
(7) 大ギルドの会館。1410年に建てられ、ギルドの集会やパーティーなどに使われた。大ギルドはタリンのギルドの中で最高位であり、市長や市議会議員はすべて大ギルドから選出されたそうだ。
(8) ドミニコ修道院。
ドミニコ会は13世紀から布教をしてきたが、後に宗教裁判や免罪符販売などが理由で人々に憎まれ、1524年に住民に破壊されてしまい、翌年市議会から活動を停止された。現在は博物館として公開されているようだ。
(9) 聖オレフ教会。ノルウェーの聖人王を祀った教会。13世紀頃に建てられたようだが、何回か火災に遭っており、1840年に修復されて現在の姿になっている。
(10) 街の出入り口を守る砲塔に「Paks Margareeta」というニックネームが付けられている。英語だと「Fat Margaret」日本語だと「太っちょマルガリータ」になるようだ。
1529年に建てられた砲塔で、直径24m,壁の厚さが4.7mもあるという。
地図には載せなかったがほかにもニックネームを付けられている建物がいくつかある。
3軒並んで建てられている15世紀の商家は「三人姉妹」、別の住宅は「三人兄弟」、トームペア城の塔の一つは「のっぽのヘルマン」と呼ばれている。
なんか観光ガイド丸写しのような記事になってしまったが、これらの建物の中からいくつか選んでカードを作成しようと思う。
【参考】
「タリン歴史地区(旧市街)」(ユネスコ世界遺産条約 公式ウェブサイトより)
「地球の歩き方 バルトの国々 2019〜2020年版」(改訂12版/ダイヤモンド・ビッグ社/2019)





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