旧野方配水塔(中野区)
Former Nogata Water Supply Tower (Nakano Ward)



1924年(大正13)
関東大震災後、東京市(当時)に隣接する町村の人口増加により水の需要が増加。それに対応するため、豊玉郡・北豊島郡の町村が荒玉水道の設置を決定した。同年、水道の権威である工学博士・中島鋭治に調査設計を依頼、11月に国と東京府に計画を提出した。

1925年(大正14)
2月水道事業の予算が正式決定される。同月、中島鋭治死去。後を受けて西大條覚(にしおおえだ さとる)が技師長となり工事を進行、12月に起工式が行なわれた。
配水塔は後に設計変更がなされている。
1926年(昭和2)
野方配水塔着工。
1929年(昭和4)
野方配水塔竣工。高さ33.6mの鉄筋コンクリート造。(水道事業全ての工事が完了したのは、1930年5月。)

1966年(昭和41)
配水塔としての使用を終える。その後は災害用給水槽として使われた。

2010年(平成22)
国の登録有形文化財に登録された。(文化遺産オンラインでは、振り仮名は「のかた」と表記されている。)



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(2020.07.06) 型紙公開。