函館大火と街並み

ポップアップカードを更新しました。今回は道南、函館市の建築です。

函館は過去何度も大火に見舞われています。年号をつけずに「函館大火」といったときには、昭和9年の大火をさすのですが、明治以降、1000戸以上焼失した火災が(昭和9年も含めて)10回あります

函館で1000戸以上焼失した火災(明治以降) (参考資料は函館市のサイト)

1871年(明治4)9月12日  1,123戸焼失
1873年(明治6)3月22日  1,314戸焼失
1879年(明治12)12月6日  2,326戸焼失 市内の主要部分が焼失
1896年(明治29)8月26日  2,280戸焼失
1899年(明治32)9月15日  2,494戸焼失
1907年(明治40)8月25日  12,390戸焼失
1913年(大正2)5月4日  572棟 1,532戸焼失
1916年(大正5)8月2日  942棟 1,763戸焼失
1921年(大正10)4月14日 1,309棟 2,141戸焼失
1934年(昭和9)3月21日 11,105棟 22,667世帯 死者2,166名。

函館市は、大火のあとには道路を拡幅して防火帯を設けるなど、街の設計変更を行なってきました。現在あるグリーンベルトは、昭和9年の大火後に防災のため設置されたものです。また、時代によって煉瓦建築、鉄筋コンクリート建築などと異なりますが、耐火建築を推奨してきました。そういう歴史を経て、現在の街並みが形成されています。

今回2つのカードをアップロードしましたが、一つ目は旧遠藤吉平商店。

明治18年以前の建築ですが、明治12年の大火の後、防火を意識した建築が推進されたので、煉瓦建築となっています。

2つ目のこちらは、旧函館無尽本店。

大正12年の建築で、大正10年の大火の後に建てられた建物になります。大正10年の大火のあとは、鉄筋コンクリートの建築が推奨されたので、この建物も鉄筋コンクリート製です。

この建物は老朽化により2011年に解体されてしまいました。近年は一般住宅として利用されていたので、維持管理も困難となっていたそうです。

今回は旧函館無尽本店の型紙を公開していますので、よろしかったらお使いください。