旧更埴市庁舎 (1)
この建物は、1966年に建築された旧更埴市庁舎。更埴市が千曲市となってからは千曲市役所更埴庁舎と呼ばれたが、2019年に新庁舎に移転したので、現在は空家となっている。
解体予定の建物なのだが、見学する機会があったので中を見せていただいた。
設計したのは、旧稲荷山町出身の滝沢健児(1927-2013)。滝沢は吉阪隆正主宰のU研究室の創設メンバーの一人である。
「更埴市史 第三巻 近現代編」(1991)によると、
1964年2月 千曲神社北西側に建設することに決定
12月25日 着工
1966年1月23日 市庁舎完成
10月20日 記念式典開催(松代群発地震の影響で延期されていた)
という日程で進められた。
玄関部分。こちらは南側だが、南北両方から入れるように作られている。
庁舎案内図が掲示されているので確認しよう。
この図で「本庁舎」とあるのが1966年1月に竣工した建物である。
本庁舎の特徴は「スキップフロアシステム」を採用していることで、中央ブロックと左右ブロックで半階ずらして設計されている。
中央ブロックの4階(と数えていいのか?)は議場になっている。
また、当時の建築雑誌で図面を見ると、本庁舎の北側に「厚生施設」という名称の建物が同時に設計されており、本庁舎が完成した直後に建設が始まり6月に竣工したとある。現在の北庁舎の2階建の部分がその建物のようだ。
階段室の壁は最大60cmと厚くなっており、これが建物を支える主要な部分らしい。
写真は東側の階段室。
東側は、3階までの階段を鉄筋で吊るという構造になっている。
この階段は建物の見どころの一つらしく、竣工当時の建築雑誌に何枚も写真が掲載されている。
本庁舎の中央部分に来た。備品も撤去され、がらんとしている。
この庁舎の床はボイドスラブ構法という中空パイプを入れた床を使う構造で、床に強度があるので、柱が少ない空間をつくることができるのだという。床の厚さは40~50cmだそうだ。
部屋を通り抜け西の階段室へ。暗いのでブレてしまった。ルート案内のための色線が引かれている。
西側の階段は圧迫感があるなあ。
歩き回っているうちに、本庁舎と南庁舎を繋ぐ渡り廊下に来た。左側が本庁舎。
南庁舎は2001年に建てられたらしい。内部を見てもこちらの方が新しい。
こちらは後で南庁舎を西側から撮影したもの。
本庁舎と南庁舎は3階と4階部分が渡り廊下で連結されている。
再び本庁舎に戻ってきた。ここは本庁舎4階の西側の部屋のはずだが、記憶が曖昧だ。
西側の階段室を通って中央ブロックに渡ると、そこは議場になっている。写真は傍聴席から撮影。
一度階段に戻り、議場に入り直した。照明はついていないので、左下の矢印の段差で躓いてしまったぞ。ここに段差は必要なのか。
写真の枚数が多くなったので、続きは次回。
おまけ。
1965年撮影の航空写真を見つけたので掲載する。黄色の矢印が、建設中の更埴市庁舎だ。まだ周囲は農地だけで建物がないことが分かる。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません