アンティグア・グアテマラ

 世界遺産となっているアンティグア・グアテマラの建物をポップアップカードにしました。

 アンティグア・グアテマラはスペインの植民地政府が1543年に首都として建設した都市です。
(当時の名称はサンティアーゴ・デ・ロス・カバジェーロスでした。のちにアンティグアと呼ばれるようになります。)


 
 
 首都は最初は1524年に別の場所に建設されたのですが,二度の移転を経ているのでアンティグアは三番目の首都ということになります。ここに200年以上の間スペイン植民地グアテマラ総督府が置かれていました。最盛期には人口6万人を数え,中米で最も華やかな都市として栄えました。
 しかし、1717年にこの地は地震に見舞われます。このときに3000以上の建物が倒壊したといわれています。
 さらに、1773年にグアテマラ地震(サンタ・マルタ地震とも呼ばれた)が発生し街の大部分が破壊されてしまいました。そのためスペイン王は首都を遷す命令を下し,現在の首都となる場所に移転しました。ただ、資金不足や遷都を拒む修道会や教会の影響もあり、実質的に新首都として機能するのは1820年頃になってからのことでした。

 旧都アンティグア・グアテマラには,現在も数多くの建物や、地震で被害を受けた状態の教会・修道院跡が残されています。20世紀になっても地震は発生しているので(1917年・1918年・1976年)そのたびに建物は被害を受けてきたようです。
 
 アンティグアが特に活気づくのは,毎年行われるセマナ・サンタ(聖週間)の時期です。時期は,年によってずれますが、3月か4月に開催されています。
 南米では通常,キリスト教の聖木曜日から復活祭までの4日間が休暇となるそうです。アンティグアのセマナ・サンタは中米で最大級の祭として有名で、国内だけでなく中南米各地から観光客が集まります。ハイライトは聖金曜日に行われる聖体行列で、キリスト像やマリア像などの山車を信徒たちが担ぎながらパレードをします。

(参考資料:「グアテマラを失ための67章」第2版 桜井三枝子編著:明石書店
      「地球の歩き方 中米(2018~19)」:ダイヤモンド社 )

 冒頭に掲載した写真は、アンティグア・グアテマラにあるラ・メルセー教会のポップアップカードです。1751年に建造が始まり,1767年に完成しました。セマナ・サンタの聖体行列はこの教会からスタートして市内を回ります。この教会の内部には,地震で崩壊したかつての教会跡があり,中庭に残っている噴水も有名です。


 こちらはサン・フランシスコ教会。地震で倒壊した状態の部分も残しながら,現役の教会として使われています。この教会には聖人に列せられたペドロ・ド・ベタンクール(1626-1667)の墓があり、多くの参拝者が訪れています。


 こちらは、アンティグア・グアテマラの市庁舎です。この建物は,地震にも耐えたそうです。

 上と下の余白部分からパーツを切り出し,それぞれ接着して製作してみました。


 最後は,サンタ・カタリナ・アーチです。「時計台」の名前の方が良く使われているようです。現在はアンティグア・グアテマラのランドマークとして有名だそうで、写真をよく見ます。もともとは、修道院の修道女たちが道路を渡って学校に通う時、世間の人と会わないで済むように、通りを渡る橋として作られたそうです。時計は後に付けられたものです。

 今回は,このサンタ・カタリナ・アーチの型紙を公開しています。
 よろしかったらお使いください。