JR日光駅舎

2021-03-20

日光に来ました。JR日光駅で下車したところです。

大正元年に竣工した駅舎です。


入口。


駅舎の二階は、かつて一等旅客専用の待合室になっていました。時代の移り変わりとともに閉鎖されましたが,1989年(平成元年)に「ホワイトルーム」として新たに開設し,現在は多目的ホールとして利用されています。漆喰で装飾された天井、シャンデリアは当時のままの姿で残されています。


この階段も,当時の姿で復元されました。


窓は上げ下げ窓でカーテンが掛けられています。

ポスターが展示されていて,そこに日光駅の歴史もまとめられていました。
それによると、日本鉄道により「宇都宮〜今市」間が開業したのが1890年(明治23年)6月。同じ年の9月に「今市〜日光」間が開業しています。
1906年には日本鉄道は国有化され、1909年に「日光線」という路線名が制定されました。
現在の駅舎は1912年(明治45年)4月に起工し,同じ年の8月15日(7月30日に改元されたので、大正元年になります)に竣工しています。

日光線の電化が完了したのが1959年(昭和34)、準急(のちに急行)が運行されましたが、1982年(昭和57)には急行が廃止されました。1987年に国鉄が民営化されJRに。

2012年(平成24)に駅舎は100周年を迎えました。2016年からリニューアル工事が行われ,翌年に完了しました。

駅舎の設計者は長いあいだ不明のままだったそうですが、棟札の記載と,雑誌に掲載された訃報から鉄道院技手の明石虎雄が設計したことが分かりました。(棟札発見が2006年,設計者判明のニュースは2012年に報道されています。)

明石虎雄は愛媛県宇和島市の出身で、東京高等工業学校卒業後鉄道院に入省し,日光駅を設計しました。22歳ごろの設計だそうです。大正4年に退職し,父が営んでいた建築業を継いで明石工務店としました(のち、株式会社正卯組)。鶴島館、山下実科高等女学校、旧桑折医院、高山村立(現在の西予市)高山小学校など、地元の建築を数多く設計しましたが,1923年に若くして亡くなっています。(生年が「1890年(明治23)頃」として複数説があり確定できていないようです。)

下の写真は、一階の待合室の内装です。

ホームの様子。

(最後の3枚は別の日の撮影です。)

今回は、10月17日の東照宮の秋季大祭が目的です。16日に流鏑馬・17日に神輿渡御があるのでそれを見に来たのでした。
(続きは別記事で。)