写真家・屋須弘平のこと

世界の文化財のポップアップカード,次は中米のグアテマラにする予定であれこれ調べています。
明石書店のエリア・スタディーズ61「グアテマラを知るための67章」第2版(桜井三枝子 編著)を読んでいたところ,その中に日本人の名前を見つけました。

「屋須弘平 100年前のアンティグアに暮らした日本人写真家」(p334)とあります。
 

 屋須弘平は弘化3年12月27日(1847年2月17日)岩手県の生まれです。
17歳で江戸に出て横浜仏語伝習所で学びます。伝習所は幕府が倒れて一度廃校となりましたが,1869年に再開されたのでそこで勉強を続けました。
 1874年,メキシコの天文学者フランシスコ・ディアス・コバルビアスが横浜に来た折りに彼は通訳を務めます。その仕事が終わった時,彼は天文学の勉強をしにメキシコへ行きたいと、ディアス・コバルビアスに頼みこみ、メキシコに渡ります。
 その後ディアス・コバルビアスはグアテマラ駐在公使に任命されたので,屋須もともにグアテマラに移ることになりました。
 グアテマラでは当時一軒だけだった写真館で働き写真術を学びます。2年後には独立,フォトグラフィア・ハポネサ(日本人の写真館)を開設し,経営は成功します。
 42歳で一時帰国しますが,その後ペルーでの事業に参加,半年ほどでグアテマラに戻り写真館を再開してグアテマラ人女性と結婚します。
 その後アンティグア市に住み,一生をそこで過ごしたそうです。アンティグア市には古い教会などが多く残っているのですが,それらの建物も数多く写真に残しています。

 屋須の死(1917)後、写真展は甥が継ぎました。屋須の撮影したガラス・ネガは700枚ほどあるそうです。グアテマラ国内で何度も写真展は開かれており,2017年11月〜2018年に没後100年を記念してグアテマラの国立近代美術館で展覧会が開かれました。

(以上、「グアテマラを知るための67章」を参考)

ネットで検索したところ、2016年に日本でも展覧会が開かれているのを見つけました。(写真展「屋須弘平―グアテマラ140年のロマン」会場:横浜)

また、遺品が有形文化財として岩手県で保管されていることも知りました。
リンク 文化遺産オンライン

グアテマラで開催された写真展の様子は,在グアテマラ日本国大使館のサイトにも掲載されていますので、こちらもご覧下さい。

Wikipediaには、英語版・スペイン語版・フランス語版で彼の記事が掲載されていました。
Juan José de Jesús Yas という名前で掲載されています。36歳の時にカトリックの洗礼を受け,この名を名乗ったのだそうです。
リンク wikipedia英語版

Wikimedia commonsでは、彼の撮影した写真がカテゴリとしてまとめられているので、そこで彼の撮影した写真も見ることができます。
リンク こちら
私が調べていたアンティグアの建物もたくさん出てきたので,ウキウキして眺めています。

グアテマラのポップアップカードを作るために調べなかったら,私は屋須弘平のことを知ることはなかったでしょう。日本近代外交史における代表的な人物でもあるとのことなので、知ることができてよかったです。

なお彼の生年ですが,外務省のページやwikipediaでは1846年(wikipediaは一部で1856と間違えて表記している)となっていますが、これは弘化3年の年号を西暦に直したものだと思います。「グアテマラを知るための67章」では月日で対応させているため1847年となっており、1年ずれが出るみたいです。(暦をよく分かってません。)

さて、ポップアップカードの製作の方ですが,アンティグア・グアテマラにある建物を作成中です。近々公開できると思いますので,またご覧下さい。

アンティグアの街の歴史も,興味深いですよ。
 
 
【追記】
公開時に編著者の漢字表記をまちがえていましたので、修正しました。(2018年10月7日)