日光の建物めぐり(本町編)

今回は日光市本町の建築です。神橋から中禅寺湖の方向へ1km弱進んだ地域です。
事前に調べたときに是非行こうと決めていたのが,日光田母沢御用邸記念公園です。

東側の入口は石造りで重々しい雰囲気です。

 
【日光田母沢御用邸記念公園】
 
旧日光田母沢邸は,皇太子嘉仁親王(大正天皇)の静養のために明治32年に造営されました。日光出身の銀行家・小林年保の別邸に、赤坂離宮などに使われていた旧紀州徳川家江戸中屋敷の一部を移築し,その他の部分を新築して建てられました。
大正7~9年に,大規模な増改築が行われ,現在の姿となったそうです。
平成10年から栃木県が修復整備を行ない,公園として一般公開しています。

車寄せ。ここから入ります。この部分は赤坂離宮時代に増築されたものを移築したものです。

中は撮影自由だということを受付時に教えてくださいました。
全部で106室、1350坪あるということなので写真は載せきれませんが、一部を紹介します。

ここは明治期に新築された部分です。(移築ではない部分)

この部分では、説明や資料の展示などがされていました。

表御食堂です。賓客や臣下の食事・饗宴はここで行われました。この部屋は大正期に増改築された部分です。

食堂の近くにある、御玉突所。ここにあるビリヤード台は古写真を参考にして復元をしたものです。部屋の角にある手洗いは当時のもの。床は当時は絨毯が敷かれていました。

この部屋は謁見所です。天皇陛下が滞在中に、ここで公式の謁見を行ないました。ここも、大正時代に増改築された部分です。

御学問所の円窓。ここは紀州徳川家江戸屋敷を移築した部分になります。

2階に上がりました。この部屋は御日拝所といいます。大正天皇が日課としてこの部屋から南方向に位置する皇居に向かって遥拝したそうです。

この部屋は,劒璽の間(けんじのま)で、三種の神器のうち剣と勾玉をここに奉安したとのこと。

ところどころに絵があります。

ここは御食堂。天皇皇后陛下が普段食事をされた部屋です。

庭園も回ることができます。車寄せから出て建物に沿って歩きます。

一ヵ所だけ3階建てになっている部分が御展望室という部屋です。普段は上れませんが、冬期限定で公開をしているそうです。ここは赤坂離宮・花御殿だった部分です。

防空壕入口の跡もありました。

中と外,たっぷり歩いて見学を終えました。

【金谷ホテル歴史館】

御用邸記念公園から神橋の方に戻ります。
少し歩くと,金谷ホテル歴史館があります。

金谷ホテルを設立した金谷善一郎が,ホテル設立20年前の1873年、自宅を改造して外国人向けの宿「金谷カテッジイン」を開業しました。江戸時代には武家屋敷であったことから,外国人客は Samurai Yashiki と呼んだそうです。
金谷侍屋敷と土蔵は平成26年に国の登録有形文化財となり,平成27年から金谷ホテル歴史館として公開しています。

【日光真光教会】

もう少し歩くと,教会が見えます。日本聖公会の日光真光教会です。

明治時代,避暑地として外国人が集まるようになった日光では教会が求められていました。明治32年(1899)には、J.M.ガーディナーによって,西参道付近に木造の教会が建てられました(変容貌教会)。その会堂が手狭になったので、ガーディナーの設計によりこの日光真光教会が建てられたということです(大正5年(1916)献堂)。

というわけで、歩き疲れましたが日光の建築を堪能した一日でした。
今回は日光駅から東照宮周辺だけでしたが、次の機会には中禅寺湖の方へ行き、英国大使館別荘記念公園やイタリア大使館別荘記念公園などを見られるといいなあと思います。

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