松方コレクション展(国立西洋美術館)

国立西洋美術館では、松方コレクション展も開催中です。(会期:2019年6月11日~9月23日。)
松方コレクションを築いたのは、松方幸次郎(1866-1950)。明治時代に内閣総理大臣を務めた松方正義の三男です。

彼がどのようにコレクションを収集したのか、会場入口で映像が上映されています。今回の展覧会は、私は個々の作品よりもその歴史の方に関心を持ちました。
映像で記憶に残っていることと、パンフレットの解説等を元に書きます。

松方幸次郎は、1884年にアメリカに留学、法学の博士号を取得して1890年に帰国しました。首相となった父の秘書を務めた後、1896年に川崎造船所の社長に就任します。
第一次世界大戦にともない船舶の需要が高まった中、松方は積極的な経営で業績を拡大していきます。1916年から18年に商用で欧州に滞在したのですが、そのときから美術品の購入も始めたようです。

松方が美術品を収集したのは、日本に美術館を作ろうという構想があったのだそうです。「共楽美術館」の建設を考えており、展覧会ではその構想俯瞰図も展示されていました。
二度目の渡欧は1921年から22年に、さらに1926年から27年にかけても欧州に滞在し、およそ十年間でロダンやゴッホ、ゴーギャン、セザンヌなどの近代絵画、中世の板絵やタペストリーなど3000点以上を集めました。

ところが、1927年の金融恐慌で、川崎造船所は経営破綻します。
負債の整理のため、日本に到着していたコレクションは売り立てによって散逸していきました。
さらに、1939年にロンドンの倉庫が火災に遭い、約1000点の作品が焼失してしまったそうです。

パリに残されていた作品は、第二次大戦中は疎開もさせて保管していたのですが、大戦末期に敵国人財産としてフランス政府に接収されてしまいます。

1951年のサンフランシスコ平和条約締結後、松方のコレクションはフランスから日本へ返還されることになりました。20点の作品は返還対象外にされたのですが、375点の作品が返還され、それらをもとに1959年に国立西洋美術館が開館したのです。

今回の展覧会の話題になっているのが、モネの「睡蓮、柳の反映」です。松方がモネから直接購入したものらしいですが、行方不明になっていました。それが2016年にルーヴル美術館の倉庫で発見されたのです。ルーヴル美術館の所蔵品というわけではなく、フランスが接収した作品の保管場所としてルーヴルの倉庫が使われていたようですが。

ただ、絵はかなり傷んでおり、上半分はなくなってしまっていた状態でした。キャンバスを巻いて上下逆さまに置いてあったため、湿気か水によって下になっていた側が欠損してしまったようです。この作品が2017年に松方家から西洋美術館に寄贈され、修復が始まりました。
現存部分の修復が終わったので、上半分が失われた状態ではあるものの、今回の展覧会で見ることができます。

また、戦前に松方コレクションを撮影した写真(ガラス乾板)が2018年に見つかり、それをもとにしてデジタル推定復元がされました。
これは映像での再現ですが、展覧会場入口付近で公開されているようです。(ただ、私が見に行った時は調整中?か何かで上映してなかったので見られませんでした。)

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