ポップアップカード(大分県の建築)

ポップアップカードを更新しました。
前回ブログの記事で書いたように、今回は大分県の建築シリーズです。
すでに存在しない建築から2点、現存している建築から1点制作しました。

最初は、旧大分県教育会館です。

1933年(昭和8)の1月に起工し、10月に竣工しています。設計者については、調べられませんでした。

土地代も含めた総工費は172,632円で、経費は会員の負担と県・市の補助金、有志寄付をあてる計画でした。会員というのは教員なのですが、小学校教員が月給の100分の1、中学校教員は月給の300分の1を拠出するという話しだったようです。(昭和12年「大分市誌」より)

1966年に開館した大分文化会館(こちらもすでに解体されましたが)ができるまでは、文化ホールとしても利用されていました。
1970年(昭和45)に大分市に移管され、市庁舎の別館として使われていましたが、1975年、市庁舎の建て替えに伴い、解体されました。

次の写真は、旧大分市役所です。

この建物の前の市役所庁舎は1917年(大正6)に建てられたものでしたが、1932年(昭和7)に火災で焼失してしまいます。しばらく仮庁舎で業務をしていましたが、1936年(昭和11)に市議会で可決され、6月に起工、1937年3月に本館が竣工します。
設計は石本喜久治、工事は清水組福岡支店が担当しました。

前の庁舎を火災で失ったため、仮庁舎の期間は庁舎に常設の消防を置き、自動車ポンプ2台を備えていたそうです。新築の市庁舎には中央に塔が設けられ、四方をガラス張りにして火災の見張り所としています。
1975年の市庁舎建て替えにあたって一部が解体され、最終的には1977年に解体されました。

最後は、旧大分郵便局電話分室です。

この建物は現存しており、NTT西日本・大分支店の建物として使われています。
1927年(昭和2)の竣工で、設計は逓信省営繕課でした。上浪朗(うえなみ あきら)が担当したと言われています。

建築当初は逓信省の所管でしたが、逓信省は戦中に鉄道省と統合されて運輸通信省になり、一度逓信省に戻された後、1949年に郵政省と電気通信省に分離されました。
電気通信省はのちに日本電信電話公社となり、現在のNTTへと至ります。

実際の建物は、壁面の凹凸がもっと細かくついており、カードでは再現しきれませんでした。ちょっと印象が異なるものになってしまいました。

今回は、旧大分県教育会館の型紙を公開しましたので、よろしかったらお試しください。

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