旧水戸農業高等学校旧本館(2)
1965年(昭和40)、水戸農業高校は校地の問題に悩まされることになる。
ひとつは、水戸市が校地の東側と南側の道路を拡張する(4m→11m)ことを決め、敷地が削られることになったことだ。それまでもグランドが狭いと感じていたのに更に削られるのは学校としては問題だった。

また、農場の一部の返還請求も出されていた。農場は県有地はわずかで、ほとんどは民有地の借地だったのだ。返還を迫る地主との話し合いはまとまらず、地主が立入禁止の札を立てたこともあり、教育上良いものではなかった。
問題に対応するため校内に特別企画委員会を結成し、民有地の買収や校舎の建て替えなどを検討した。校舎の建て替えというのは、老朽化した校舎を建て直して校地を有効活用したらどうかという案である。
これらを教育委員会と相談する中で、思い切って学校を移転してはどうかという話になったのだという。校長は移転する方向で考え始めた。(ただ、移転問題について委員会だけで進めて職員会で検討はされなかったらしく、そのためいろいろ揉めることになったらしい。)
1965年の6月頃から移転先を探し始めたが、7月に水戸市の北側にある那珂町の土地が候補に上がった。県との話し合いを持ち、PTAや同窓会の意見を聞いた。PTAは移転は仕方ないという受けとめであった。11月にPTA会長・同窓会長・学校長の連名で、公式に県に学校移転の陳情をした。
公式発表前から移転の話は知られていたので、この時点で茨城町と那珂町が誘致の声を挙げ、また水戸市内からも誘致の声があり、水戸市議会は移転反対の要望を県に出している。
翌年1966年9月になって、県は正式に那珂町への移転を決定した。
新しい場所の学校敷地は約50ヘクタール、建物の敷地が10ヘクタール、実習地は30ヘクタール確保した。
1968年、農場実験室・寄宿舎が竣工した。翌年にかけて農業用の実習室や牛舎・豚舎などが建てられた。本館も1969年に竣工し、体育館や部室は1970年になって完成した。
移転時期について当初は69年の12月という要望があったが、未完成施設もあるため70年の2月とすることになった。
移転作業は2月17日に完了した。
この記事は旧校舎について書いているので、移転後の学校についてはこれ以上触れず、跡地の方を見て行く。
県立歴史館の構想は1966年頃から始まった。学校が移転する前の1968年には建設予定地として水戸農業高校の現地調査を行なっている。1970年に基本構想がまとまり、1971年に実施設計が決定された。
同年9月起工。1973年に本館が完成し翌年開館した。
学校の移転前と歴史館建築後の様子を、空中写真で確認してみよう。
これは学校として使われていた、1961年の空中写真。

L字型をした形の本館を見ることができる。
続いて、県立歴史館が開館した後の1974年12月の空中写真だ。
右側には旧水海道小学校の校舎が見える。ところが、水戸農業高校旧本館の姿はない。
歴史館開館時には、農業高校旧本館は再建されていなかったのだ。

次は1980年の空中写真だ。
この写真では、旧本館の姿を確認できる。実はここには掲載しなかったが1976年5月に撮影した写真を見ると、旧本館が写っている。
だから1975年1月から1976年5月の間に再建されたということになる。

1974年の「博物館研究」に、茨城県歴史館設立について書かれた文があるのだけれど、そこには〝旧水海道小学校・江戸時代の民家茂木家・水車小屋の3つを復元した〟とあるが、水戸農業高校本館の名前は出てこないのだ。最初は予定になかったということなのだろうか。
この建物を再建した経過を書いた資料を見つけられなかったのだが、玄関部分は当時のもので、他の部分は復原だという(「近代建築ガイドブック関東編」1982より)。
玄関の周囲だけ漆喰塗りになっている。

向って右側には、車椅子用のスロープが設置されている。

側面と背面。もとはL字型だった建物の形も、長方形に変更された。
旧水海道小学校は元の場所と同じ向きに建てられているが、水戸農高旧本館は、向きも逆になった。

「茨城県立歴史館報」を見れば何か分かるのではないかと思ったが、国立国会図書館デジタルコレクションには1982年の第9号以降しか存在しない。1号や2号を確認したいのだが、どこかで見ることはできないだろうか。
建物の保存の意図や再建方法などが、開館直後の館報に書いてあるのではないかと期待しているのだけれど。

ところで、現在は水戸農業高校旧本館の外観しか見られないようだが、過去にはここでも展示を行なっていたそうである。
歴史館報10号を見ると、1976年から1983年までの各年の展示のタイトルが記されていた。年に一回、概ね1ヶ月くらいの間展示につかっていたようなのだ。(館報10号は84年の発行なので、それ以後継続されたのかは分からない。)
いつか館内に入る機会はあるのだろうか。
【参考】
「茨城県立歴史館設立のあゆみ」谷萩操/「博物館研究 Vol.9 No.7」掲載(日本博物館協会編/日本博物館協会/1974年7月発行)
「近代建築ガイドブック 関東編」(東京建築探偵団著/鹿島出版界/1982)
「水農史 第3巻」(茨城県立水戸農業高等学校/1995)






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