長野県信濃美術館~その1

長野市善光寺の東にある,信濃美術館。
建て替えられることになり、10月1日から休館になります。
9月16日から、休館前最後の展覧会となる「信濃美術館クロージング ネオヴィジョン 新たな広がり」を開催しています。(2018年2月~3月に、公募展と作家の公開制作を開催予定。)

展覧会は三部構成で,
「第一部◉建築 信濃美術館と林昌二」
「第二部◉コレクション 私の、この一点」
「第三部◉7人の若手作家」
となっています。

それに合わせて9月16日に,3名の講師による講演会「信濃美術館と建築家 林昌二」が開催されました。
講師は
 根橋宏次 さん(日建OB、信濃美術館の建築に携わる)
 安田幸一 さん(東京工業大学教授、安田アトリエ主宰)
 寺内美紀子 さん(信州大学准教授)
の三名です。

(ここまでは、信濃美術館のサイトより抜粋)

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まずは美術館ができるまで。

信濃美術館は,1966年に開館した美術館です。
現在信濃美術館がある位置には,それ以前に別の建物がありました。
明治41年にこの場所(城山公園)で、一府十県連合共進会が開催され,そのためにいくつもの建物が建てられたのですが,その本館があったのが今の美術館の場所だそうです。
普段自分がネットで調べているような話なので,そちらの方にうきうきしてしまうのでした。

本館は,共進会のあとも解体されず,大正3年に商品陳列館となり、昭和23年から公民館に、25年からCIE図書館になっています。CIE図書館というのは,第二次世界大戦後に連合国軍総司令部が日本各地に設置した図書館だそうです。日本の民主化やアメリカへの理解を深めるために設置されました。図書館は昭和28年に閉鎖されたのですが,その後も長野日米文化センターとして使われていたようです。


こんな建物でした。
写真は,美術館の展示パネルにあったものを撮影しました。(第1部と第3部の展示室は撮影可能です。)
この建物は信濃美術館の建築に伴い、昭和39年に解体されました。

昭和37年,信越放送が「美術館を建設して長野県に寄贈する」という方針を発表します。会社の出資金と「『長野県に美術館をたてましょう』運動」で集めた資金が建設費になります。翌年知事や県教育委員長,市長会長・町村会長,新聞社長などをメンバーとして「信濃美術博物館建設委員会」が発足します。

設計は日建設計の林昌二氏が担当しました。以前に信越放送の建物を設計していた縁もあったそうです。
昭和40年8月に着工し,41年10月に開館しています。
昭和44年には長野県に移管されました。


これは会場に展示してあった1/100の模型です。建築当初の姿で,現在は増築がされています。製作は,信州大学寺内研究室とありました。講演会場に若い方たちもいましたが、研究室の学生さんのようです。


会場に展示してあった,当時の写真です。今はないですが,当時は階段のところに鳥居のようなゲートがありました。

講演会で出た話題は次回。

(つづく)