旧井上房一郎邸

高崎市美術館の敷地内にある、旧井上房一郎邸を紹介します。美術館に入ると,展示とともにこの建物も見ることができるようになっています。

井上房一郎(1898-1993)は,高崎市にあった井上工業のオーナーで、群馬交響楽団の設立、群馬県立近代美術館の設立、群馬音楽センターの建設にも関わり,工芸や音楽など地元の文化活動を支えた方だそうです。

この建物ですが,別の建物を「写した」ものだというのです。


 
アントニン・レーモンド(1888-1976)というチェコ生まれの建築家がいました。大正8年に帝国ホテル建設のためフランク・ロイド・ライトの助手としてともに来日し,のちに日本で設計事務所を開設した方です。高崎市にある群馬音楽センターも彼の設計です。

レーモンドの自邸兼事務所は東京の麻布笄町(こうがいちょう)(現西麻布3丁目)に1951年から1978年までありました。もう建物は解体されていますが,そのリビングルームを「メモリアムルーム」として、レーモンド設計事務所が保存しています。
リンク レーモンド設計事務所

さて、旧井上房一郎邸ですが,このレーモンドの自邸兼事務所を写した建築なのだそうです。
1952年、高崎の自邸を火事で失ってしまった井上はレーモンドの笄町の自邸兼事務所を再現しようと計画し、レーモンドの快諾を受けました。図面の提供を受け、大工を派遣して建物を実測し,これをもとにして自邸を建築したのです。

ここが玄関です。ここから入ります。

廊下

この部屋は,寝室だったそうです。

居間。ここには、レーモンドの奥さんノエミ・レーモンドのデザインした家具もありました。彼女も帝国ホテルの建設では家具や照明、内装を担当したそうです。

「レーモンド・スタイル」という言葉があります。レーモンドが設計の基本的な原則として考えた5原則(自然性、直裁さ、正直さ,単純性,経済性)を言うのだそうです。
この「鋏状トラス」もレーモンド・スタイルとして特徴的な形です。

レーモンドが自邸を建てた頃は戦後間もない時期なので,コンクリートや材木が高価で不足していたため,建築には簡易さと経済性が求められていました。
そこでレーモンドは現場で用いた杉の足場丸太を使い,柱や登り梁を二つ割の丸太で挟み込む「鋏状トラス」と呼ばれる形を考案したのだそうです。

旧井上邸はレーモンド自邸兼事務所の完全なコピーというわけではなく,居間と寝室の位置の入れ替え,和室の追加、床材の変更などがされています。しかしレーモンドスタイルは受け継がれています。
レーモンド自邸兼事務所は解体されたので,この旧井上邸はレーモンド・スタイルを伝える貴重な場となっています。

井上房一郎は1993年に亡くなりました。その後自宅は財団法人高崎哲学堂(解散)が落札し管理していました。2009年に高崎市の所有となり,2010年から公開しています。

外側。これは機械室の煙突のようです。

外に独立して建てられている仏間。

物置周辺。

最後に,一番気に入った場所,居間の写真をもう一度載せて終わりにします。

(この建物を見るには美術館の入館料が必要になります。)

参考資料:
1) 高崎市美術館のパンフレット「旧井上房一郎邸建築解説」
2) レーモンド設計事務所サイト

この文を書いてから知ったのですが,群馬音楽センターのロビーには「レーモンドギャラリー」というコーナーがあり、建築模型や資料の展示がされているとのこと。すぐ近くを通ったのに,知りませんでした。