旧上伊那図書館(2)

前記事で使った画像に書き込みをして再利用している。
上伊那図書館の竣工時、建物の1階と2階に書庫があるが、それぞれ「1階.2階」「3階.4階」と書かれている。

伊那市創造館としてリノベーションされた後は、1階の書庫だったところは体験学習室となっているが、2階の書庫は現在も書庫として存在する。現在は「上伊那図書館歴史資料室・昭和の図書館」と呼ばれているようだ。
そして、申し出ればこの部屋を見学できるというのだ。もちろんお願いした。

確認したら、書籍に手を触れても良いし、撮影も可能だという。

部屋に入ると天井が低い。この部屋だけ二段ベッドのように二階建てになっているのだ。竣工時の配置図でもそのように書いてあるので、最初からこの形だったのだろう。

すぐ右側に階段があって上がれるようになっている。
階段の脇に、建築当時の建物を復元した縮尺1/50の模型が展示されている。

前回書いたように、建物正面部分に屋根が付けられてのは1960年のことなので、最初は屋上に上ることができたのだ。

当時の寄付金台帳と依頼者名簿。目標額は10万円で、約900人に依頼をしたのだが、実際には1万円にも達しなかったのだという。

開館当時の新聞も展示されている。1928年(昭和3年)12月17日の信濃毎日新聞。左に写っている人物が図書館を寄附した武井覚太郎。

30年史の図面と食い違っている部分もあるが、記事によると閲覧室は5つあり、男子閲覧室(120人収容)・女子閲覧室(20人)・児童閲覧室(30人)・新聞閲覧室・特別閲覧室(10人)となっていたらしい。男子・女子・特別閲覧室は二階で、新聞・児童室は階下にあると書かれている。30年史の図面は開館前の昭和4年時点のものだというので、そこから少し変更があったのかもしれない。(不明)

3階は講堂で、1300人分の椅子が用意されていると書かれていた。暖房はスチーム暖房だったので、1階のボイラー室はそのためのものだろう。

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こちらは2階部分。椅子が並べてあり、本棚には、戦前から終戦後の書籍や、図書館の歴史パネルなどが展示されていた。

終戦後の墨塗り教科書。墨塗り教科書は個人からの寄贈だが、図書館には墨塗りされていない教科書が残っていたので、どの部分が削除されたのか比べることができる。

右上は「兵タイゴッコ」のページ。左側のカエルの絵のあるページは墨塗りではなく破り取られているが、「軍かん」という文章が載っていた。

棚を移動していくと、明治から大正の書籍もあった。

「日本海大海戦」は1905年(明治38)のもの。

1944年(昭和19)に図書館が購入した書籍の例。「陸軍生徒志願新書」というシリーズ名がついている。

戦時中に、図書館が金属供出をした記録も残っていた。1942年(昭和17)の6月と9月に、図書館の備品を供出している。

供出した備品は、傘立1個、泥拭器1個(玄関の泥拭きマットか?)、溝蓋3枚、マンホール蓋3個。
屑入25個、帽子掛10台分、仕切用金物1個、ネームプレート1個、帽子掛スタンド1個、茶卓35個、カーテン用金具5ヶ所分(カーテンレールのことか)。
屋上の手摺2ヶ所、屋上への梯子1ヶ所、シャンデリヤ5個、縦樋2本、家下換気口6個、階段滑止71個(階段の滑り止めまで外している)、新聞閲覧台4個。
この時とは別に1943年には武井覚太郎の銅像も供出したそうだ。(現在の銅像は、1955年に新たに作られたもの。)

戦争関連の本だけ見ていると気持ちが疲れるので、他の書棚も眺める。ここは生物・地学関連の書棚。

でも、疲れはしたけど興味深い展示だった。

部屋を出て、受付に見学を終えたことを報告してから建物を出た。
最後の写真は本館横に建てられた収蔵庫棟である。こちらは入らなかったが、地下にも収蔵庫があり、考古資料や自然科学資料、古文書などが保管されているそうだ。パンフレットを見ると、地上よりも地下室の方が広い。

さて。
私は以前この建物のポップアップカードを作っているのだが、実際の建物を見た後では、カードが建物の雰囲気を出せていないように感じたので、作り直すことにした。次の記事ではそのポップアップカードについて書く。

日本の建築

Posted by Sakyo K.