京都府庁旧本館訪問記
京都府庁には旧本館があります。1904 (明治37) 年に竣工した、煉瓦造りの建物です。1971 (昭和46) 年まで本館として使われ、現在も執務室や会議室として使われている現役の庁舎です。
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2004 (平成16) 年に国の重要文化財の指定を受け、現在は旧知事室と正庁、旧議場を一般公開しています。
というわけで、中を見せていただきました。
先に、一階の旧議場から見ました。議場は本館の一階北側にあります。
かっこいいじゃないですか。私の好きな雰囲気です。
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府議会の議場として使われたのは、1905 (明治38) 年から1969 (昭和44) 年まで。その後府政情報センターとして2013年まで活用されました。
2014年に旧本館竣工110周年を迎えるにあたり、整備を行なって2016年3月に明治期当初の姿に修復されたとのことです。
議長席と理事者席。
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椅子に座ることはできません。
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2階にも席があります。傍聴席のようです。
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資料として写真も展示してありました。担当の職員の方がいらっしゃったので確認したところパネルも撮影可だということでしたので、撮らせていただきました。昭和26年撮影の「2階から傍聴する人々」の写真です。
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ちょっと撮影位置が近すぎました。
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下から二階席を見上げる。
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議場の外の廊下。右が議場、左は中庭に面しています。ここも好き。
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次に、知事室と正庁に向かいます。この建物はカタカナの「ロの字」型の建物で、知事室は南側の2階の角にあります。
二階に上がりました。公開されていない部屋は業務で使われているようです。室内の照明も点いていました。
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知事室には直接は入れません。近くの別室「旧書記官室」で見学の受付をしています。
館内の案内板の写真を利用しました。
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中に入って見学に来たことを伝えると、知事室・食堂・正庁を案内していただけました。
こちらが知事室の内側、南側の窓を見ています。左に少しだけ見えるのが知事のデスクです。
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少し左を向いて、こちらが東面の窓。ちょっと写真の色が実際と異なって写ってしまったように思います。天気が悪くなり、暗くなってきたので写りがいまひとつになってしまいました。
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知事室の西側には暖炉が設置されています。
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設計者の松室重光についての説明板もありました。
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引用
「明治30年に東京帝国大学造家学科を卒業し、京都市嘱託技師を経て、翌31年に京都府技師に採用された。
本務は古社寺の修理にあったが、新しい建築も多く手がけており、平安神宮北西の『武徳殿』(明治32年 重要文化財)、柳馬場二条上ルにある『京都ハリストス正教会』(同36年 京都市指定文化財)、『京都府庁』(同37年 重要文化財)などを設計している。
その後、九州鉄道技師を経て、明治41年に関東都督府技師に展示、旅順博物館、大連市役所、大連逓信局なども手がけた。」
松室は明治6年生まれとありましたから、京都府庁を設計したのは30歳くらいのときですよね。文部技師の久留正道(1855-1914)の指導の下で設計を行なったそうですが、若いですね。
ところが松室は、京都府庁の完成後に部下の汚職に連座したとして官職を辞することになったというのです。
彼が京都で設計した「京都ハリストス正教会」「京都府庁」は、それぞれその後の建築の原形となっているので、京都で活躍を続けていれば、もっといろんな建築が京都市で見られたかもしれません。(注:文末の【補記】参照)
上の写真、隣の説明板は、装飾のモチーフに使われているアカンサス(ハアザミ)についてのものです。
こちらは知事室の隣の食堂。暖炉は知事室の暖炉と背中合わせになっています。
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正庁の、中央南側の窓です。正庁は公式行事や式典などに使われた部屋で、和風建築では格式の高い折上小組格天井で仕上げられています。
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すでに外は雨になっているので、暗い写真になってしまいました。天気のいいときに撮影を再挑戦したいです。
この正庁、今では結婚式場としても貸し出しているのだそうです。基本的に第二第四土曜日と、日曜祝日限定ですが。(年末年始と、業務により使用している場合は貸し出しできない。)ただし、飲食禁止なので披露宴等は別会場を使う必要があります。
また、結婚式以外でも府が認めた催し物であれば会場を借りることができます。
窓からバルコニーを見たところ、かなり激しく降ってきました。
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ところでこのバルコニー、人類初の有人宇宙飛行を果たしたガガーリンが、来日した時に京都を訪れ、ここから観衆に手を振ったそうです。1962 (昭和37) 年のことでした。その時の写真も展示されていました。
お礼を言って退出し、正庁前の廊下に来ました。この下が正面玄関になっています。
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階段を下りて正面玄関から出ることにしますが、強い雨で外に出る気がしません。雨が弱まるのを待ってから出ました。
最後の写真は正面玄関ホールです。
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【参考】
京都府庁旧本館パンフレット
京都府のサイト「重要文化財京都府庁旧本館」
京都市文化観光資源保護財団のサイト「京都が育てた巨匠たち」
【補記】(2019.08.16)
「京都ハリストス正教会」が、その後の正教会建築の原形となった、という言い方は少し訂正が必要かもしれません。
京都市文化財保護課研究紀要創刊号(2018)に、石川祐一氏の「京都ハリストス正教会生神女福音聖堂の建築経緯について」が掲載されています。それを見ると、ロシアで作成された正教会の建築図集が存在し、それに基づいて松室が実施設計を行なったとのことです。
なので、以後建築された他の教会も、松室の建築を見たかも知れませんが、建築図集によるもの、と考えた方が自然に思えます。
【関連記事】
「松室重光の建築を見る」(2019.08.17)
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