松室重光の建築を見る

雨で外見の写真をあまり撮れなかった京都府庁旧本館を再訪しました。
といっても午後はまた雲が出てきたので、曇天での撮影になってしまいましたけど。
なお、この後は松室の設計した京都ハリストス正教会も見に行こうと思っています。

今日は正面からぐるっと外側を一周し、中庭にも入って見ようと思います。
まずは正面(南面)から。

建物の横に回り込みます。こちらは西面。左端に見えるのは1号館の一部ですが、こちらの内部はどうなっているのか確かめませんでした。連絡通路かと思ったのですが、これ連結されていないですよね。

西面に沿って北側へ進みます。一階と二階では窓のデザインが異なっているんですね。

北西の角まで来ました。中央に見えるのが旧議場部分です。

北面です。写真の左側の部分が旧議場になります。

こちらは東面です。ここに中庭への通路があるので、入ります。
庭園は、七代目小川治兵衛氏の設計と説明がありました。

中庭です。これは北側(旧議場がある)を向いて撮影したものです。

京都府庁のブログ記事で載せたこの写真の場所に当たります。

(8/12の記事の写真を再掲載)

中庭の一角に石柱が。

旧本館竣工の年に景石として搬入されたものらしいですが、中央の柱は「天正拾七年五月吉日」の文字が刻まれています。これは豊臣秀吉が建造した五条大橋の橋脚だと考えられているそうです。明治10年に五条大橋が改修され、そのとき余った橋脚が京都府庁に移されたという記録があるそうです。

この山桜も庭園の名所の一つのようです。

「容保桜(かたもりざくら)」と表示されていました。京都府庁の場所は元京都守護職上屋敷の跡地だったので、守護職の任に当たった松平容保の名をつけたとのことですが、命名されたのは割と最近、平成22年のことです。そういう命名ってアリなのか。
山桜が変異したもので、通常の山桜よりも大輪なんだそうです。

桜はもうひとつ別に「はるか桜」の表示板もありました。こちらは平成27年に福島県から寄贈された八重桜の苗木を植樹したものだそうです。

こちらは中庭の南面、正面玄関の裏側に当たります。

中庭を出て、また正面玄関の方に回りました。
正面玄関の東側にこの建物が建っています。これは昭和3年に建てられた京都府警察本部です。実は現在、警察本部は新庁舎を建築中で、そちらに移転予定です。

で、この建物がどうなるかというと、文化庁が移転してこちらに入るのだそうです。
平成28年に「政府関係機関移転基本方針」が決まり、文化庁が京都市へ移転することになりました。翌年、移転の場所が京都府警察本部本庁舎に決定。2021年には移転できるよう現在動いているようです。

こちらは警察署の東面です。

さて、次に京都府庁旧本館の設計者の松室が設計した、京都ハリストス正教会に行きました。こちらは外見だけです。

建物の脇に説明板が設置されていました。
それによると、〝当時京都府技師の松室重光の設計により建築。1901(明治34)年12月に建物は完成したものの、ロシア正教会から寄付されたイコノスタス、教鐘、大燈明の到着が1903年3月だっただめ、1903年5月に聖堂成聖式が行われた。
日本ハリストス正教会の聖堂の中で本格的なものとしては現存最古のものであり、以後に建築された木造聖堂の範例とされたと考えられる〟とあります。

ただ、8月12日の記事にも書きましたが、京都市文化財保護課研究紀要創刊号(2018)の記事で、〝ロシアで作成された正教会の建築図集があり松室の設計もそれに基づいていた〟とあったので、以後の他の木造聖堂も、その建築図集の方に基づいていると考えるのが自然だと思います。
(「京都ハリストス正教会生神女福音聖堂の建築経緯について」石川祐一氏)

石川氏によると、その元になった建築図集の刊行は1899(明治32)年とのことなので、松室の京都ハリストス正教会以降、似た設計の教会が建てられたこととも矛盾しません。

敷地の南側は煉瓦塀でした。

今回見ていないのですが、松室の設計した建物が京都市内にもう一つあります。
平安神宮の西にある旧武徳殿(1899年築)がそうです。松室は京都の社寺建築の修復や保存にも関わっていたので、近代和風建築も守備範囲だったようです。

松室は1904(明治37)年に京都府技師を退職後、1908(明治41)年には関東都督府技師となって大陸に渡ります。関東都督府は大日本帝国時代、遼東半島先端部の関東州を統治する任務をもつ機関でした。そこで20件を超す設計に関わり、建物のいくつかは大連市に現存しているようです。また、1920年には満州建築協会の初代会長になっています。

1922(大正11)年に関東都督府を退職。1927(昭和2)年には片岡建築事務所に入所(片岡安と松室は東京帝国大学造家学科の旧友)、1930年には松室建設事務所を開設しました。
片岡建設事務所時代に設計した建物に、大阪の武田道修町ビル(旧武田長兵衛商店本店:1928年)があります。

【関連ページ】
京都府庁旧本館訪問記」(2019.08.12)

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