岡谷高架橋の記念碑

岡谷市から長野自動車を北に走ると、最初の休憩所が みどり湖パーキングエリア(下り方面)である。
8月の半ば、ここにモニュメントがあるのに気づいた。今までもここを利用していたのに注意を払ったことがなかったのだ。

周囲の草が伸びているのが気になるが、駐車場のすぐ近くにあるこれ。
近づいてみたら、岡谷高架橋の記念碑だった。

高速道路の橋の近くにモニュメントを建てたら停車して見ることなんてできないから、近くのパーキングエリアに建てたのだろう。

モニュメントの上面には、説明のプレートが取り付けられていた。
写真では読みにくいのでここに書き写す。

「岡谷高架橋 OKAYA VIADUCT
岡谷高架橋は、この地点から約8km東京側にある中央自動車道と長野自動車道の分岐点に位置し、JR中央本線、天竜川及び岡谷市街地を長さ922m、高さ55mで横過する橋です。
この橋は、橋脚と橋桁を一体化したプレストレストコンクリート連続ラーメン箱桁橋という形式で、橋桁のコンクリートには高強度の鋼材で圧縮力が導入されています。橋脚間の長さ(支間長)は、最大で148mあり、四方向の橋桁に分岐する構造が、優美な曲線を描いています。
この橋は、コンクリート橋の新分野を開拓すると共に、景観的にも優れていることが認められ、土木学会の昭和61年度田中賞(作品部門)を受賞いたしました。
田中賞は、我が国の橋梁工学の発展に尽力された、故田中豊博士(1889年〜1964年)の功績を記念して設けられ、橋梁技術の向上に貢献した業績に対して授与されるものであります。」

(字が消えているところは推測で補ったので、もしかしたら数文字違うかもしれない。)

中央手前には円形の「田中賞 1987」と書かれたプレートがある。
昭和61年は1986年だが、「年度」ごとの表彰らしいので、実際に受賞が決まったのは1987年ということなのだろう。

田中豊は長野市出身の技術者で工学博士。関東大震災の復興に際し橋梁の設計責任者として隅田川の永代橋や清洲橋などを手掛け、新技術を導入して橋梁近代化の礎をなした人物だという。

右側には資材や構造についての表があるのだが、表面が傷んでしまって読めない部分がある。

モニュメントが1987年に建てられたとして、建造後三十数年経っているのでこのような状態になってしまうのも仕方ないのかもしれない。
個人的には、世間に立っているモニュメントや説明板の「文字が長持ちしない問題」はなんとかしてほしいと思う。

中央に嵌め込まれた写真も部分的に剥がれている。他のプレートは台風による飛来物や雹、冬の凍結など、自然に傷んだものがほとんどだとは思うが、写真の右下部分は、故意に削ったんじゃないかと疑う。

最後に、今年の5月に撮影した高架橋の写真を掲載する。
これは岡谷駅前の交差点から見た高架橋。

近くの道路から見上げた高架橋。

岡谷高架橋は、現在改良工事が行なわれている。岡谷高架橋だけでなく、ジャンクションのいくつかの橋も同時に改良工事を行なう、6年掛かりのプロジェクトだそうだ。

改良工事についてはNEXCO中日本のサイトに掲載されているので、そちらをご覧頂いた方が状況が分かると思う。(末尾にリンクあり)

どうやって足場を設置したのだろう。高いところが苦手なので想像しただけで私は足がすくんでしまう。

8月前半は工事を休止していたが、8月20日から再開された。
工事の関係で岡谷ジャンクション付近では渋滞が発生し追突事故も増加しているので、通る時は気をつけていただきたい。

【参考】
 「長野自動車道 岡谷高架橋改良工事」(NEXCO中日本サイト)

土木建造物

Posted by Sakyo K.