近江八幡とW. M. ヴォーリズ(1)
年が変わったのでもう昨年のことになってしまったが、2025年はウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880-1964)の来日120周年だった。
1904年(明治37)にアメリカ合衆国のコロラド大学を卒業した彼は、翌年、滋賀県商業学校英語教師として来日する。八幡町に着いたのは1905年2月2日のことだった。

写真は滋賀県立八幡商業高等学校(創立時の名称は滋賀県商業学校)の校舎だ。
この校舎は1940年(昭和15)に、ヴォーリズの設計で建てられたものである。彼はここで2年間英語教師として勤めたが、放課後に聖書研究会を開いてキリスト教伝道を行なったことが問題になり、解職されてしまう。
巡り巡って30数年後に、かつて自分が勤務した学校の校舎を設計することになったのだ。
昨年は、ヴォーリズゆかりの企業や観光事業者・行政も加わった協議会が主体となり、ヴォーリズ来日120周年を記念して講演会などのイベントが開催された。
私は12月に行われた見学会やガイドツアーに参加して、ヴォーリズ建築を見学させてもらった。外観だけ見る建物も多かったが、いくつかの建物は内部も見学することができた。
近江八幡市にはヴォーリズ建築が20軒以上現存しているそうだが、全てについては書けないので、私が見学した建物だけを建築された年代順に紹介していく。
写真はないが、まずはヴォーリズが最初に設計した建物から話を始めよう。
彼が最初に設計したのは、教員として勤めていた時期である。1907年(明治40)に建てられた八幡YMCA会館が、ヴォーリズ設計の第一号の建物だ。
ただし、その時建てられた会館は残っておらず、現在あるのは1935年(昭和10)に建て直された2代目だ。(現在の会館については次回の記事で触れる。)
ヴォーリスが滋賀県商業学校を解職されたのは1908年(明治41)のことだ。
この年彼は京都三条YMCA会館の現場監督を依頼され、京都で建築設計管理事務所を開設した。これが契機となって、1910年に「ヴォーリズ合名会社」を設立する。
ウォーターハウス記念館は、1913年(大正2)に建てられた住宅だ。アメリカ人ポール・ウォーターハウス一家が住んでいたのでこう呼ばれる。

この周辺には、ほかに吉田邸(1913)、ヴォーリズ邸(1914:解体済)、旧近江ミッションダブルハウス(1921)が建てられ、テニスコートも作られて洋館街を形成した。
ウォーターハウス記念館は現在は改修して、宿泊施設や飲食店などとして活用している。
1915年(大正4)には、ヴォーリズ合名会社東京事務所も開設された。
1916年に竣工した明治学院礼拝堂(東京都港区)もヴォーリズの設計である。

昔撮影した写真があったので掲載した。
ヴォーリズは1919年に一柳満喜子と結婚したのだが、結婚式はこの礼拝堂で挙げた。
次の写真は1918年(大正7)に竣工したヴォーリズ記念病院旧本館(ツッカーハウス)だ。当時は近江療養院という名称だった。

建物の前が狭いため全体を写真に収めることができなかった。
1980年頃までは病棟として使っていたが、以後は管理棟としてだけ利用し、2000年に閉鎖された。病院側は解体する方針だったが反対運動が起こり、保存することになった。2012年から耐震補強や改修工事に取り掛かり、10年掛けて完了した。現在は時々、ボランティアの案内で見学会を実施しているそうだ。
ツッカーハウスは斜面に建てられているので、裏口は二階にある。

その場所で山側を向くと階段の先に礼拝堂が見える。ただし建てられたのは本館よりだいぶ後の1937年(昭和12)だ。

礼拝堂の横を少し上がると、奥にあるのが小病棟として建てられた五葉館だ。5つの病室がカエデの葉のように並んでいるので五葉館と呼ばれているが、もとは希望館という名前だったようだ。こちらはツッカーハウスと同じ1918年の建築である。

1920年(大正9)、ヴォーリズ合名会社を解散し、ヴォーリズ建築事務所と近江セールズ株式会社を設立する。近江セールズは建築資材の輸入販売を主な業務とした。
旧八幡郵便局は、1921年(大正10)に建てられた。

1960年まで郵便局として使われ、その後は事務所や倉庫として利用されてきたが、しばらく空き家となっていた。1994年(平成6)のヴォーリズ顕彰シンポジウムに参加した有志が一粒(ひとつぶ)の会として活動を始め、保存再生に取り組んできた。
玄関部分は空き家だった時に取り壊されていたが、2004年(平成16)に復元された。

旧八幡郵便局の建物には入れなかったが、土日の11時から17時に一般公開をしているそうだ(予約不要)。
次の写真は、近江八幡市北ノ庄にある恒春園納骨堂である。1928年(昭和3)に建てられた。

恒春園は近江兄弟社の霊園で、ツッカーハウスから南に500mほど歩いたところにある。
1964年(昭和39)に亡くなったヴォーリズの遺骨もここに収められている。

続いて昭和に建てられた建物の話をする予定だが、それは次の記事で書こう。
(つづく)
【参考】
「日本の建築明治大正昭和 第6巻」(山口廣著/三省堂/1979)
「近代建築ガイドブック 関西編」(石田潤一郎ほか著/鹿島出版会/1984)
「W.メレル・ヴォーリズ(一柳米来留):近江に『神の国』を」(奥村直彦著/近江兄弟社湖声社/1986)
「街角ルネサンス : 湖国に息づく西洋建築 (近江文化叢書 ; 24)」(増田耕一編/サンブライト出版/1986)
「ヴォーリズの建築 : ミッション・ユートピアと都市の華」(山形政昭著/創元社/1989)
「滋賀県近代建築調査報告書」(滋賀県教育委員会文化部文化財保護課 編/滋賀県教育委員会/1990)





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