モージャー氏が撮影した建物

(この文は,ツイッターで書いたことを整理し直したものです。)

これがどの建物か,調べた結果です。
結論から先に書くと,「旧第一徴兵保険名古屋支社」です。

以下,調べたことを記していきます。

(1) 最初に見つけたのは,次の写真でした。


戦前の絵葉書を扱っているサイト(ポケットブックス)にこの写真があったのです。
絵葉書の中には,「名古屋市の中央目抜きの場所に,松坂屋百貨店は近代色美しく立つてゐる」とありました。松坂屋のすぐ隣に建っていたビルのようです。

(2) 国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」のサイト(リンク)で古い航空写真を探しました。

 松坂屋の位置から見て,求める建物は、黄色の矢印の建物であると判断しました。
 モージャー氏の228番の写真は、その向かいの建物から撮影したのだと思います。

(3) 松坂屋に関する古い写真を探す中で見つけた,この写真が気になりました。

出典は Network2010(ここ)です。
掲載サイトの本文と写真がうまく一致しなかったので迷ったのですが(タイトルには「松坂屋より」とある),右端のビルが求めている建物と似ているように思い,松坂屋の屋上から撮影したものと仮定してみました。

(4)「第一徴兵」と書いてあるので,それをもとに探します。
  戦前に「第一徴兵保険」という会社があり,戦後は東邦生命へと変わったそうです。国立国会図書館デジタルコレクション内で検索をすると、次の資料が見つかりました。

「東邦生命保険相互会社五十年史 : 旧徴兵保険株式会社史」東邦生命保険相互会社五十年史編纂会 編(1953年)
(この資料は、個人のパソコン等では見られません。国立国会図書館と提携した公共図書館で閲覧可能です。)

その中に、次の写真が掲載されています。

この写真により,モージャー氏の撮影した建物が,「第一徴兵保険名古屋支社」であることが分かりました。

(5) ただし、五十年史を見ると,「第一徴兵保険」という会社は,昭和20年に改名して別の名前になっていました。そのため「第一徴兵保険の名古屋支社」という言い方では不正確になってしまいます。

この建物の歴史をおおまかにまとめると、
・昭和10年 名古屋支社移転にともない、建物新築。12月竣工(名古屋支社の開設は大正8年)
・昭和20年3月 名古屋空襲。ガラスや壁が崩壊し、全壊状態。応急修理をして3ヶ月で使えるようにした。
・昭和20年8月 終戦により,徴兵保険を廃業。
・昭和20年10月 社名を変更。「新日本生命保険株式会社」となる。
・  同上   建物が進駐軍に接収される。
・昭和22年12月 会社名再変更「東邦生命保険相互会社」となる。

モージャー氏の撮影時期は昭和21年4月〜22年1月なので、撮影時には「第一徴兵保険」という会社名ではありません。
ただ、建物が進駐軍に接収されているので、「”新日本生命保険”の名古屋支社」として使われたわけでもありません。第一徴兵保険名古屋支社だった建物を、進駐軍が接収して使っている状態なので,「旧第一徴兵保険名古屋支社」という表記が適切ではないかと考えます。