富山空襲で失われた建物を探す(2)

(前回の続き)富山空襲で焼失してしまった建物たちです。
※市役所竣工年に追記しました(2018/3/18)

(6) 富山市立図書館 大正元年竣工。12月7日竣工式。竣工式で市長が「設計は辰野工学博士に嘱託し…」と言っているので、辰野金吾の設計です。昭和9年には県立図書館と合併し、この建物が県立図書館本館となりました。
写真 「富山市史.第2編」(大正3年 富山市)より

(7) 富山市立神通病院 大正7年竣工。明治32年設立の「富山傳染病院」が前身。大正7年の移転改築時に神通病院と名称を変更したとのこと。
写真 「衛生要覧」(昭和15年 富山市衛生課 編)より

(8) 富山市役所 大正10年4月10日新築落成式。
写真 「とやま1934」(昭和9年、富山商工会議所)より

(9) 富山商工会議所 大正11年竣工。
写真 「とやま1934」(昭和9年、富山商工会議所)より

(10) 昭和会館 未調査:昭和9年前後か。吉田初三郎が描いた「富山県観光交通鳥瞰図」(昭和11年発行)でも、県庁の近くに描かれているのを見つけました。
写真 「紀元二千六百年紀念富山県産業組合史」(昭和15年 産業組合中央会富山県支会 編)より

とりあえず写真を見つけた10点のみ掲載しました。
まだ情報を見つけられない「昭和会館」が気になるんですけど。
国立国会図書館デジタルコレクションのインターネット公開部分だけ使ったので、図書館送信資料を見ればさらにいろいろ見つかるでしょう。また図書館等で調べる予定です。